家康公駿河口より(甲斐へ)御乱入の事
家康公駿河口より御乱入の事『信長(しんちょう)公記』桑田忠親氏著 人物往来社 一部加筆 家康公、穴山玄蕃(信君)を案内者として召し列(つ)れ、駿河の河口より甲斐国文殊堂の麓市川口ヘ御乱入。 武田四郎甲州新府退散の事『信長(しんちょう)公記』桑田忠親氏著 人物往来社 一部加筆...
View Article織田信長 甲斐御乱入の事 仁科五郎の頸長良川へ
信長公御乱入の事『信長(しんちょう)公記』桑田忠親氏著 人物往来社 一部加筆 三月五日、信長公隣国の御人数を召し列れられ、御動座。其の日は江州のの内、柏原が上菩提院に御泊り。翌日、仁科五郎が頸もたせ参り供を、ろくの渡りにて御覧じ、岐阜へ持たされ、長良の河原に懸けおかれ、上下の見物仕り候。 七日雨降り、岐阜に御逗留。...
View Article織田信長軍、武田勝頼の頸、馬
織田信長軍、武田典厩生害、下曽根忠節の事『信長(しんちょう)公記』桑田忠親氏著 人物往来社 一部加筆 御返書の趣、武田四郎勝頼、武田太郎信勝、武田典厩、小山田、長坂釣竿を初めとして、家老の者悉く討ち果たし、駿・甲・信滞りなく一篇に仰せつけられ候問、横道あるべからず候。飛脚見及び候間、申し達すべく候。其の表の事、是又存分になすべき事勿論なり。 三月十三日...
View Article北杜市大泉町の文化財
北杜市大泉町の文化財大泉の文化財第二集 大泉の文学碑めぐり<大泉の句碑・歌碑 分布図>番号 種別 作者名 名称 所在地 句碑 芭蕉 忠興寺境内の句碑 大泉村西井出 〝 〝 道喜院境内の句碑 大泉村谷戸 〝 花仏 道喜院境内の句碑 大泉村谷戸 〝 〝 谷戸城跡南麓の句碑 大泉村谷戸 〝 栄泉...
View Article武田三代年表 享禄四年(1531)~ 天文十年(1541)
武田三代年表 享禄四年(1531)~ 天文十年(1541) 甲陽=高白斎実記(甲陽日記) 栗原左兵衛 ……『甲斐資料集成7 歴史部』 妙法=妙法寺記 妙法寺住僧 ……『甲斐資料集成7 歴史部』 軍艦=甲陽軍艦 参考資料 武田=武田史料集 清水茂夫氏服部治則氏校註 昭和42年刊。 暦年=日本歴史年表 歴史学研究会編 山梨=図説 山梨県の歴史 磯貝正義氏著...
View Article武田三代詳細年譜 天文十一年(1542)~天文十二年(1543)
武田三代詳細年譜 天文十一年(1542)~天文十二年(1543) 基本資料 高白=高白斎実記(甲陽日記) 栗原左兵衛 ……『甲斐資料集成7 歴史部』 妙法=妙法寺記 妙法寺住僧 ……『甲斐資料集成7 歴史部』 甲陽=甲陽軍艦 参考資料 武田=武田史料集 清水茂夫氏服部治則氏校註 昭和42年刊。 暦年=日本歴史年表 歴史学研究会編 山梨=図説 山梨県の歴史...
View Article武田三代詳細年譜 天文十二年(1543)~天文十七年(1548)
武田三代詳細年譜 天文十二年(1543)~天文十七年(1548) 《割註》『北佐久郡志』第二編歴史編・信陽雑志・千曲真砂他。 甲州が武田氏が佐久に侵入して来たころ、郡内に存在した主なる諸将とその居城。 城名 所在地 城主(北) 城主(信) 城主(千) 平尾城 平根村上平尾 平尾氏 平尾右近守芳 志賀城 志賀村 笠原氏 高棚城 志賀村 志賀氏 小田井城...
View Article武田三代年表 天文十八年(1549)~永禄四年(1561)
武田三代年表 天文十八年(1549)~ 高白=高白斎実記(甲陽日記) 栗原左兵衛 ……『甲斐資料集成7 歴史部』 妙法=妙法寺記 妙法寺住僧 ……『甲斐資料集成7 歴史部』 甲陽=甲陽軍艦 王代=王代記 長野=長野県史・年表 参考資料 武田=武田史料集 清水茂夫氏服部治則氏校註 昭和42年刊。 暦年=日本歴史年表 歴史学研究会編 山梨=図説...
View Article武田三代年譜 弘治元年 1555~
弘治元年 1555【妙法】(天文廿四年/10月23日改元) 《信虎-62歳・信玄-35歳・勝頼-10歳》 ○閏月十月也。 弘治元年 1555【長野】 ●一月三十日、筑摩郡洗場三村某、武田の将馬場信房を深志城に攻め、村井・出川に放火する。この日二木重隆、信房救援に駆けつける。ついで三村ら、敗れる。 ●二月十四日、武田晴信諏訪郡八剣社に同郡上原の地を寄進し、武運長久を祈らせる。...
View Article永禄 元年 1558【甲府】《信虎-65歳・信玄-38歳・勝頼-13歳》
永禄 元年 1558【甲府】《信虎-65歳・信玄-38歳・勝頼-13歳》 ●正月十六日、今井昌良、将軍家側近大館晴光に、晴信の信濃守護職、義信の准三管領任官の礼をする。 ●二月廿日、晴信、将軍家の御内書の応じて景虎と和睦する。 《解説『甲府市史』》...
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