甲州勝手小普請のこと(抜粋) 蜑の焼藻の記(森山孝盛)
甲州勝手小普請のこと(抜粋) 蜑の焼藻の記(森山孝盛) 寛政三年五月十八日、御目見になりて後は、様々の下問に預りたり。定信(『甲斐国志』編纂者)朝臣の下げられたる封書のうちに、医師減祿のことありけり。又近来甲州勝手小普請と云事始められて、於 江戸...
View Article武田軍の戦力分析
武田軍の戦力分析 ●寄親と同心 寄親には同心と称する隊員が配属される。寄親―同心(侍・足軽) 生島足島神社起請文 起請文の分類 ○単独署名―五十九通 ○連署名 <衆> ・武河衆(甲斐)・南牧衆・高山衆(上野)・海野衆・野沢衆・北方衆・山中衆(信濃) ○親類・被官 ・小山田被官(甲斐)・小幡親類中(上野)・仁科親類被官・小笠原下総守被官・海野被官・青柳被官・浦野被官(信濃) --解説--...
View Article●武田軍の装備
●武田軍の装備 *永禄五年、大井高政宛軍役状の軍役人数は45人 乗馬5、 長柄31、 鉄砲1、 弓5、 小旗1、 その他2の割合 *諸軍役状から統計 軍勢100人 騎士12人、 槍58人、 鉄砲7人、 弓10人、 旗持6人、 手明 その他7人) <参考資料> *天正三年「上杉軍役帳」 軍勢100 騎士10人、 槍65人、 鉄砲6人、 旗持7人、 手明12人
View Article●武田軍法
●武田軍法 永禄十二年、武田軍法 1、乗馬・歩兵ともに甲を着けること。見苦しい甲でもよいから早く用意せよ。 2、槍は三間柄の槍を用いること。槍の様式は一統の衆(回し部隊)は同じように作ること。 3、長柄十本の衆は、そのうち三本は持槍、七本は長柄とせよ。長柄九本、八本、七本の衆は、二本は持槍、そのほかは長柄...
View Article●武田軍と徳川軍(徳川軍には武田遺臣が大量に流入・徳川軍戦法に武田軍の戦法が大きな影響)
●武田軍と徳川軍(徳川軍には武田遺臣が大量に流入・徳川軍戦法に武田軍の戦法が大きな影響) *徳川家康・秀忠の軍合=武田の軍令(類似) <例> *井伊直政の慶長20年(1615)4月6日軍令 ・ 諸道具(武器)を持っていく者は、小荷駄にまじってはいけない。 :徳川秀忠の慶長19年10月16日付軍令 ・ 小荷駄押の時、軍勢にまじってはいけない。...
View Article素堂、芭蕉追善句文(刊行年による)
素堂、芭蕉追善句文(刊行年による) 『枯尾花』元禄七年(1694)深草のおきな宗祇居士を讃していはずや、友風月家旅泊芭蕉翁のおもむきに似たり。旅の旅つゐに宗祇の時雨哉雲水の身はいづちを死所 『翁草』元禄九年(1696)頭巾着て世のうさ知らぬ翁草 『陸奥鵆』元禄十年(1697)亡友芭蕉居士、近来山家集の風体をしたはれければ追悼に此集を読誦するものならし。あはれさやしぐるる比の山家集...
View Article