河井酔茗 かさいすいめい(1874~1965)
河井酔茗 かさいすいめい(1874~1965)『日本文学全集』全29巻 監修 谷崎潤一郎 武者小路実篤 志賀直哉 川端康成 一部加筆...
View Article川路柳虹(1878~1965)本名誠。
川路柳虹(1878~1965)本名誠。東京に生まれた。父は英学者寛堂、明治の元勲川跡聖謨の孫にあたる。はじめ絵画を志し、京都の美術工芸学校に学んだが、沢村胡夷と知り「文庫」に詩を投じた。その後上京して東京美術学校日本画科を卒業したが、これより酔茗の「詩人」の同人となり、明治四十年九月、同誌に、わが国口語自由詩の第一作「塵塚」その他を発表して注目を浴び、明治四十三年処女詩集『路傍の花』を出した。この詩...
View Article拾われた猫
中学校で迷っていた猫孫娘が飼って欲しいと親に云う親もいいよと言うすでに三匹雨に打たれ箱の中に捨てられていた子猫三匹これで四匹子猫は大阪から来た猫仲間入り我が家の様に安らぐ子猫この家に来て良かったね。先輩の捨て猫と今は仲良し
View Article千家元麿 せんけもとまろ
千家元麿 せんけもとまろ 『日本文学全集』全29巻 監修 谷崎潤一郎 武者小路実篤 志賀直哉 川端康成 一部加筆 千家元麿(1888~1948)東京に生まれ、慶大に学んだ。...
View Article甲州勝手小普請のこと(抜粋) 蜑の焼藻の記(森山孝盛)
甲州勝手小普請のこと(抜粋) 蜑の焼藻の記(森山孝盛) 寛政三年五月十八日、御目見になりて後は、様々の下問に預りたり。定信(『甲斐国志』編纂者)朝臣の下げられたる封書のうちに、医師減祿のことありけり。又近来甲州勝手小普請と云事始められて、於 江戸...
View Article諏訪祭 諸国里人談(菊岡米山)上諏訪七不思議
諏訪祭 諸国里人談(菊岡米山) 信濃国諏訪明神は東征守護の神にて、桓武帝の時、田村将軍これを建るなり。毎年三月七日、鹿の頭七十五供す。氏人の願望にて何方よりと極たる事なく、自然と集事恒例たがはず。まさに一つの増減なし。七十五の内、両耳の切れたるかしら一つきはめてあり。それから奇なりとす。 上諏訪祭神 建御名方命 下諏訪 祭神 八坂入姫命 上諏訪に七不思議あり。 宮影...
View Article甲斐七不思議 兎園小説(瀧澤馬琴)
七不思議(甲斐七不思議) 兎園小説(瀧澤馬琴) 寛政三年、甲斐国に六奇異あり。遠江に一奇異あり。合わせて七奇異とす。当時ある人の消息に云く、 一、甲州善光寺の如来。當春二三月汗かき、寺僧両人づゝにて日夜拭ひ候事。 一、甲州切石村百姓八右衛門家の鼠、大さ身一尺餘、為猫之聲候事。 一、右村より一里許山に入石畑村に而、馬為人話候事、尤一度切りにて後無其事。...
View Article名醫徳本の奇事 閑憲瑣談後編(佐々木高貞)
名醫徳本の奇事 閑憲瑣談後編(佐々木高貞) 世に名高き甲斐の徳本は、和漢古今に珍らしき恬澹の人なり。本性は長田氏、知足斎と号し、三河州大浜村の人、其先祖を知る者なく、不レ詳所レ出 。勢利を欽ずして、四方に周遊し、去就任意いさゝかも諛なし。...
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私の名付けた五大蛋白源 郷土の料理に関しての資料紹介 (「ひじろ端から」長野県富士見町商工会婦人部編集 著者名省略) 昭和二十五年頃までの、私の家の食べ物の事を思い返して見ると、何処の家でも似たようなものを食べていたから、私はこれを自己流に、農家の五大蛋白源だの、二大カルシュウム源と名付けました。 <蛋白源> ○蛋白源其の一 鶏...
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昔のおやつ 郷土の料理に関しての資料紹介 (「ひじろ端から」長野県富士見町商工会婦人部編集 著者名省略) ケーキやパン、スナック類のなかった昔は何でも自分達のまわりで取れる果実や、木の実が、結構よいおやつになった。小麦粉でうす焼きや簡単なパンも作るようになったが、米の粉でおだんごや、時期にはかしわ餅や、おやきを作ってくれた。 ○つくしんぼう お味噌をつけて食べる。 ○バラいちご...
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ほうとう 郷土の料理に関しての資料紹介 (「ひじろ端から」長野県富士見町商工会婦人部編集 著者名省略) 山梨県と境を接して居る富士見は、古くから、醤油味のうどんより、味噌味のほうとうをよく食べていた。 家庭で、すぐ食べる為に作るほうとうは、塩は入れず小麦粉に、水を少しずつ入れて、耳たぶぐらいのかたさにし、よくこね、のしん棒で薄くのします。こねがよくできると、頗のある美味しいうどんになります。...
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