馬場美濃守信房の系譜 甲斐の馬塲氏
馬場美濃守信房の系譜 甲斐の馬塲氏<馬場姓を名乗る武将・信房との関係は未詳> 長禄 四年(1460)●馬場参州(法名臨阿)死す。『一蓮寺過去帳』 文明 年間(1469~86)●馬場民部(法名、浄阿)死す。『一蓮寺過去帳』 永正十一年(1514)1歳 ○生誕...
View Article☆山口素堂と京都《愛宕山》
☆山口素堂と京都《愛宕山》京都市右京区上嵯峨の北部に在る山、山頂には愛宕権現(雷神)を祭る社がある。往時は神仏混交で有ったから宿坊大善院も置かれていた。 白雲を下界の蚊屋につる夜かな(元禄十一年六月廿四日・素堂句集)愛宕山を釈中の淵明と賞かし玉ふにより云 富聴暮寒山道骨 釈中陶潜不知誰
View Article☆山口素堂と京都《御手洗川(鴨川・鳴滝)》
☆山口素堂と京都《御手洗川(鴨川・鳴滝)》京都府下賀茂神社の前を流れる川で、参拝者が手洗口濯ぎなど潔斎して身を清める所。今出川(賀茂川)と高野川があるが、常識的には賀茂川であろう。尚、みだらしはみとらしで貴人の弓に対する敬称でもある。元禄十一年二月刊、『寄生』(やどりぎ)佳聚亭編。加茂川に遊びて御手洗や半ハ流るゝ年忘れ 素堂橋立や景過もせず霧のひま...
View Article☆山口素堂と京都《男山》
☆山口素堂と京都《男山》男山(岩清水八幡宮)京都府綴喜郡男山、八幡山とも云う。山頂に八幡宮が在り、例祭は九月十五日に行われる。北の賀茂祭りに対し南祭り(臨時祭)と云う。八月十五夜 岩清水に詣侍りて くもりなき御代ぞやをとこ山名だかきかげをなほてらすらむ
View Article☆山口素堂と京都《廣澤の池》
☆山口素堂と京都《廣澤の池》京都市右京区嵯峨広沢在、上嵯峨の地になるが嵯峨と御室の仁和寺の中ほどにある。元禄四年刊行の「句奏別五百韻」に いづれゆかん蓮の実持て広沢へ...
View Article☆素堂と京都《男山》
☆素堂と京都《男山》京都北方の舟岡山・衣笠山・岩倉山などの山々の総称。衣笠山は岡とも呼ばれ絹掛山・絹笠山とも云い、歌枕でもある。京都市北区大北山に在る標高約二百米ほどの山、麗には金閣寺(鹿苑寺)等持院などがある。 北山の草枯にいざなはれし頃 茸狩りやひとつ見付しやミの星 【素堂句集】 古き歌に ほしひとつ見付たる夜の嬉しさ八月にもまさる五月雨の空...
View Article☆素堂と京都《鳴滝・嵯峨》
☆素堂と京都《鳴滝・嵯峨》○右京区鳴滝、嵯峨・広沢池の北方山間にある。往時は鳴滝川の総称であったが景勝の地で、山荘などが造られた。川は双ケ丘の西を流れて酉ノ庄付近で桂川に流人する。現在は御室川と云う。 戊寅の秋洛陽に遊び、一日なる瀧に茸狩して帰りぬ。其片袖は都の主人にあたへ、其片袖は大津の浦の一隠士安世のかたへ、此三唱を添て送ならし 茸狩や見付ぬさきのおもしろさ 松茸やひとつ見付て闇の厘...
View Article北村季吟 廿会集 素堂は季吟の客人
素堂は季吟門ではない。 ▽素堂、『廿會集』入集。季吟編。《季吟信章歓迎百韻》 (抜粋掲載) 霜月三日江戸より信章のぼりて興行(付句十一) いや見せじ富士を見た目にひえの月 季吟 世上ハ霜枯こや都草 信章 冬牡丹はなハだおしゝはやらせて 湖春 【註】素堂の俳諧論 素堂の地位 北村季吟との関係...
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