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Channel: 北杜市ふるさと歴史文学資料館 山口素堂資料室
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元禄七年 素堂、曾良宛書簡(妻の死)

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素堂、曾良宛書簡(妻の死)
御無事ニ御務被成候哉、其後便も不承候、野子儀妻ニ離申候而、当月ハ忌中ニ而引籠罷候。
一、桃青大阪ニて死去の事、定而御聞可被成候、御同然ニ残念ニ存事ニ御座候、嵐雪・桃隣二十五日ニ上り申され候、尤ニ奉存候。
元来冬至の前の年忘れ素堂より始まると名立ち候。
内々ノみのむしも忌明候ハゞ其日相したゝめ可申候、其内も人の命ははかりがたく候へ共、云々
一、例ノ年忘れ、去年ハ嵐雪をかき、今年は翁をかき申候、明年又たそや
曾良賀丈                      素堂
御無事ニ御務被成候哉、其後便も不承候、野子儀妻ニ離申候而、当月ハ忌中ニ而引籠罷候。
一、桃青大阪ニて死去の事、定而御聞可被成候、御同然ニ残念ニ存事ニ御座候、嵐雪・桃隣二十五日ニ上り申され候、尤ニ奉存候。
元来冬至の前の年忘れ素堂より始まると名立ち候。
内々ノみのむしも忌明候ハゞ其日相したゝめ可申候、其内も人の命ははかりがたく候へ共、云々
一、例ノ年忘れ、去年ハ嵐雪をかき、今年は翁をかき申候、明年又たそや
曾良賀丈                      素堂
 
素堂は妻の喪中で芭蕉の葬儀(大阪)へ行けず。
 
【註】前掲の素堂、曾良宛書簡により、素堂の妻の死が確認できる。
これまでの素堂伝記諸本による、素堂の母の死(元禄三年説/荻野清氏)や素堂は妻を娶らずなどの伝記は史実ではない。
又、素堂の生家は酒造業であったとの伝記も根拠のない説で、後世に於ての創作である。この書簡は素堂の数少ない書簡である。全文を掲げた紹介書は未である。
●参考資料 『連歌俳句研究』森川昭氏紹介・『俳諧ノ-ト』星野麦久人氏著・『芭蕉の手紙』村松友次氏著
芭蕉、十月十二日、大阪にて歿。

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