〇 卜者雲洞、柳澤保明(吉保)を相する事
高野山行人派に雲洞と云う僧がいた。論議に募り、是非なく山を下り、江戸に出て湯島天神あたりに旅泊して卜筮をする。宛も掌を指すが如し、人これを奇なりとして、ここに集まる人は市をなせり。柳澤弥太郎も裂售伊兵衛が勧めに諾すといえども、自ら運を試そうと、かの雲洞が許に行き、花押を据えて見せると、雲洞これを見て、手を礑(ハタ)と打って云う、凡そこれまで万人に墨色を見るに、いままでにこの様な抜群なものは見たことがない。あなたの墨色間近く天に昇る兆しがある。その上眼中光有て唯成らず、大いに立身の相、顕然(はっきりと現れている)なりと判ずれば、保明も頗る潤色して、この上は彌心を决して、伊兵衛が勧めに任せんと、猶も王子稲荷へ加護を祈りける。