Quantcast
Channel: 北杜市ふるさと歴史文学資料館 山口素堂資料室
Viewing all articles
Browse latest Browse all 3088

〇 柳沢彌太郎(吉保)立身兆しの事 翁草

$
0
0
〇 柳沢彌太郎立身兆しの事
ここに柳澤弥太郎保明と云う少士あり、御旗奉行米倉主計に属して、百五十俵の御宛行を賜る【割注】私(著者)曰く不審、御旗奉行に属すとあれば与力なるべし、但し属従の小役人有や可尋」甲州武田一族青木氏の庶盈と称す。不知実否、父刑部左衛門は王子村の稲荷へ心願ありて、わが居宅小川町の猿楽町より、行程二里の所を欠かさず日参する。弥太郎も後には日参する。そのうちに王子村庄屋三郎左衛門と云う者の娘、容姿端麗なるがゆえ弥太郎日参の折柄、艶書を交わして浅からぬ仲となる。双方の親これを聞きて共に許してついに弥太郎が妻に迎える。程なく女子一人を産む。しばらくして親刑部左衛門は相果て、年月を経る処に、今度御成拝見の御触れあり、弥太郎の妻に向って申すは娘事容衆に勝っているので、今度の御撰びに差し出したく思えども、貧乏にして一衣の用意もできない、哀れ何とかしてその手当が欲しいと語っているところへ、日頃出入りする裂売伊兵衛と云う者が来て、これを聞いてその儀であれば、それがしの働きをもって整え申し上げる。と云う。弥太郎はその考えを問う。伊兵衛は云う、元来そのことは京都にて若い頃當地本町二丁目海老屋仁左衛門と申す呉服店へ奉公していたところ、あることで主人の機嫌を損ね、浪人いたしこのような体に成り渇々の渡世をすごしているところを旧き友が引き立ててくれたので、今にも立身の術あらば、金子調達は容易のことです。近頃湯島に奇妙な占い者があり、それがしが當卦を見せてもらうと、當夏にも至大の運を開くと云う。この卜筮の符節を合わす事、古今未曾有のことであると云う。當時専ら評判に成っている故に、某も頼もしく思い今後物語を承わるにるにつけても、是は開運の兆しならんかと在る儘に、暫く思いを寄せています。今度の御仕度凡そ二百両内外にて整えて差し上げます。然らば私がこれを調達いたします。御運が叶い御立身あらば、その時にはそれがしに御服所を仰せ付けください。もしまたこの事無駄になるならば、それがし当地を駆け落ちさえいたせば事は相済ます。その時は御難儀はおかけしません、と熱心に勧めるので、弥太郎夫婦はもとより望むところであったので、思いもよらず伊兵衛がその仕事を請けるも、いつも信仰している稲荷の御加護と、早く事が成就したいと思い、篤く伊兵衛に謝してその仕度を頼みければ。伊兵衛勇んでこれを請けその仕度に取り掛かったと云う。

Viewing all articles
Browse latest Browse all 3088

Trending Articles



<script src="https://jsc.adskeeper.com/r/s/rssing.com.1596347.js" async> </script>