素堂、芭蕉にさきがけ「不易流行」を唱える
素堂……
十一月、其角の『続虚栗』に序文を与える。発句五、入集。
風月の吟たえずして、しかもゝとの趣向にあらず。
たれかいふ、風とるべく影をひろふべくば、道に入るべしと。
此詞いたり過て、心わきがたし。ある人来りて、今やうの狂句をかたり 出しに、風雲の物のかたちあるがごとく、水月の又のかげをなすに似 たり。あるは上代めきてやすく、すなほなるもあれと、たゞにけしきのみをいひなして惜なきをや。古人のいへる事あり。
景のうちに情けをふくむと、から歌にていはゞ、
穿花蝶深深見點水蜻?飛
これこてふとかげろふは、所を得たれども、老杜は他の國にありてやす からぬ心と也。
まことに景のの中に情をふくむものかな。やまとうたかくぞあるべき。
又きゝしことあり、詩や哥や心の繪なりと、
野渡無人船
月おちかゝるあはぢ嶋山などのたぐひ成べし。
猶心をゑがくものは、もろこしの地を縮め、吉野をこしのしらねにうつし て、方寸を千ゝにくだくものなり。
あるはかたちなき美女を笑はしめ、色なき花をにほはしむ。
花に時の花有、つゐの花あり。時の花は一夜妻たはぶるゝに同じ、終 の花は、我宿の妻となさんの心ならし。
人みな時の花にはうつりやすく、終の花にはなほざりになりやすし。人 の師たるものも、此心わきまへながら、他のこのむ所にしたがひて、色 をよくし、ことをよくするならん。
来る人のいへるは、我も又さる翁のかたりけることあり、鳰の浮巣の時 にうき時にしづみて、風波にもまれざるがごとく、内にこゝろざしをたつべしとなり。
余笑ひて之をうけがふ。いひつゞくれば、ものさだめに似たれど、屈原 楚國をわすれずとかや、われ若かりし頃、狂句をこのみて、今猶折に ふれて、わすれぬものゆへ、そゝろに辨をつゐやす。君みずや漆園の書、いふものはしらずと、我しらざるによりいふならし。
こゝに其角みなし栗の續をゑらびて、序あらんことをもとむ。
そもみなし粟とはいかにひろひのこせる秋やへぬらんのこゝろばへなり とや。
おふのうらなしならば、なりもならずもいひもこそせめ、といひつれと、こ まの爪のとなりかくなりと猶いひやます。
よって右のそゞるごとを、序 なりとも何となりとも名づくべしと、あたへけ ればうなづきてさりぬ。
江上隠士 素 堂 書
素堂……
十一月、其角の『続虚栗』に序文を与える。発句五、入集。
風月の吟たえずして、しかもゝとの趣向にあらず。
たれかいふ、風とるべく影をひろふべくば、道に入るべしと。
此詞いたり過て、心わきがたし。ある人来りて、今やうの狂句をかたり 出しに、風雲の物のかたちあるがごとく、水月の又のかげをなすに似 たり。あるは上代めきてやすく、すなほなるもあれと、たゞにけしきのみをいひなして惜なきをや。古人のいへる事あり。
景のうちに情けをふくむと、から歌にていはゞ、
穿花蝶深深見點水蜻?飛
これこてふとかげろふは、所を得たれども、老杜は他の國にありてやす からぬ心と也。
まことに景のの中に情をふくむものかな。やまとうたかくぞあるべき。
又きゝしことあり、詩や哥や心の繪なりと、
野渡無人船
月おちかゝるあはぢ嶋山などのたぐひ成べし。
猶心をゑがくものは、もろこしの地を縮め、吉野をこしのしらねにうつし て、方寸を千ゝにくだくものなり。
あるはかたちなき美女を笑はしめ、色なき花をにほはしむ。
花に時の花有、つゐの花あり。時の花は一夜妻たはぶるゝに同じ、終 の花は、我宿の妻となさんの心ならし。
人みな時の花にはうつりやすく、終の花にはなほざりになりやすし。人 の師たるものも、此心わきまへながら、他のこのむ所にしたがひて、色 をよくし、ことをよくするならん。
来る人のいへるは、我も又さる翁のかたりけることあり、鳰の浮巣の時 にうき時にしづみて、風波にもまれざるがごとく、内にこゝろざしをたつべしとなり。
余笑ひて之をうけがふ。いひつゞくれば、ものさだめに似たれど、屈原 楚國をわすれずとかや、われ若かりし頃、狂句をこのみて、今猶折に ふれて、わすれぬものゆへ、そゝろに辨をつゐやす。君みずや漆園の書、いふものはしらずと、我しらざるによりいふならし。
こゝに其角みなし栗の續をゑらびて、序あらんことをもとむ。
そもみなし粟とはいかにひろひのこせる秋やへぬらんのこゝろばへなり とや。
おふのうらなしならば、なりもならずもいひもこそせめ、といひつれと、こ まの爪のとなりかくなりと猶いひやます。
よって右のそゞるごとを、序 なりとも何となりとも名づくべしと、あたへけ ればうなづきてさりぬ。
江上隠士 素 堂 書