素堂 餞別吟及び書簡(『諏訪史料叢書』巻九所収)
□(素)堂主人、曾良宛書簡
尚々素翁江□□(二字讀難シ)人殿歳旦之詩文可□(一字讀難シ)候、林家試毫ハ今日申候到来次第可懸御目気つかれ何事も早々御推覧候以上
昨夜は病気御防(訪カ)忝暫時仙家交友の意味、爐中の柴茶に梅か香を手折添残雪の餅の欠ほちほちと閑話今以俤對する心地のみ又々近夕御尋奉待存候然は其節御物語仕候通せかれ、此道書の片隙にいつか好き者蚊足先生江、たん尺色紙大望之旨申候間迄申上御頼被成可被下候歳旦のこと夜前御尋候へとも舊臘のいそか
しさ存寄も無御座候病中髭なかさに毛ぬきに筆を持ち添てかく申候いかゝ
向鏡しらぬ叟に對ㇲ予半白のおかしさを読めり筆始手に艶つける柳哉
舊年取込タル務に夢ニわすれかたし苦ム内になくさまんとふと申候句孤疑心のおのれみかへる落葉哉
扨蚊足士何とそ時も御出會い素堂へもと存候へとも暇なく候へとも暇なく候こゝに物語あり御船蔵渡邊貴作殿舊友ニ而此三四年参候筈當春迄相延候此春夏中何とそ可参候此節素翁招可申旨兼約候間蚊足翁貴文御誘引可仕候間内々此よし御傳置可被忝候病中筆さへに痩早々投墨候萬縷賢顧々々以上
二 月 五 日
岩波曾良雅英几下 □ 堂 主 人
読み下し
(前欠文)追伸、素翁の□□人殿への歳旦の詩文は□可く候、林家の書き初めのことは今日使いが申してきました。到着したらすぐさま御目にかけましょう。気疲れしました何事も早々推し量って下さい。以上
昨夜は病気見舞いかたじけなく暫しの間静かな住まいで交友の意味合いは、炉中の柴茶に梅の小枝を手折って添え、古くなった餅の欠片を焼いて、ほちほちと食べながら無駄話をしたこと、今もって佛に対する心持ちだけ又々近いうちにお尋ねになるかと待っていますよ。そうであるなら御話致したました通り急がされ俳諧書をする片暇に何時だったか好き者の蚊足先生へ短冊色紙を欲しいと申しましたから、貴方に申し上げておきます。貴方からも御頼みに成って下さるようお願います。歳旦のこと前夜お尋ねに成りましたが、去る年末の忙しさ、存知寄りも御座いませんから、病中の髭の長さに、毛抜きを筆に持ち替えて、こう申しましょういかが。
向鏡もしない貴方に対する私ごましお頭のおかしさを詠みました。
筆始手に艶つける梅柳
旧年取り込んでしまった務めに、夢にも忘れることが難しい苦しむ内
になぐさもうと、ふと申しました句、
孤疑心のおのれのみかへる落葉哉
扨、蚊足士へ何とかしてしばらくの間もお会いすること素堂も存じていますがその暇さへありません。こゝのお話することがあります。御船蔵に住まいする渡辺喜作殿は旧友でしてこの三四年参られる筈でしたが当春迄延引して居ります。この春夏のうち何とかして参られるようにと思います。この折私が招きますから兼ねての約束の通り蚊足翁、貴文をお誘い致しますので内々この事をお伝えしておいて下さい。病中、文を書くのも貧しくなり、早々に筆を置きました。よろずこまごまとかえすがえす賢し。
二 月 五 日
岩波曾良雅英几下 □(素)堂主人
『書目解題』
□堂主人より曾良宛書状一巻(東京 杉村裕氏蔵)
これも亦年号不明にしてたゞ月日のみあり、差出人も欠字あって不明なるは惜しむべし。文中素堂、蚊足等の名が見ゆ。初に「昨夜は病気御防……」とあり。文字は正しく「防」なれと文意より推す時は「御訪」の方當れりとも思はる。この字がその何れなるかは曾良研究の上に大切なる問題となるべきも、本書の字体のまゝを載せたり。(『諏訪史料叢書』「巻九」所収)
【註】この書簡の年は定かではないが、宝永七年ではないかと推論する。