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Channel: 北杜市ふるさと歴史文学資料館 山口素堂資料室
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甲斐駒ヶ岳開山の真実と疑問 横手村修験

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甲斐駒ヶ岳開山の真実と疑問 横手村修験
  1. 横手村当山派修験宗格院本良院 〔一部加筆〕

巨摩郡(現白州町)横手村当山派修験宗格院本良院

由緒明細書上帳
一、御祈願道場但シ弐間半ニ弐間
本尊不動明王
祭礼日十一月廿八日、
護摩修行天下泰平国家安全今上皇帝御宝祚延長之御祈祷相勤罷在候
兼帯所
一、駒ケ嶽観世音菩薩但シ護摩堂三間四方石鳥居高一丈
祭礼日八月六日柴燈護摩修行
一、愛宕大権現御社地
長十四間横六間 此坪八十四坪 祭り十月廿四日
一、山ノ神社地
長拾四間横六間 此坪七十四坪 祭礼十月十七日
一、神明宮社地
但長拾四間横六間 此坪七十坪 祭り日三月十六日
一、鳳凰大権現社地 長七間横四間 二十八坪 祭り日九月九日
一、風神社地 長七間横五間 此坪 三十五坪 祭七月十日
一、水神社地 小社 祭礼七月二十五日
一、上今井山神 小社

右者同村神主拙僧立会祭礼ニ御座候十一月二度目の亥の日

一、湯大権現 小社
同じく神主隔年ニ祭礼仕儀処六月十四日
一、妙見大菩薩 小社
一、居屋敷 弐畝拾歩 本良院 但御年貢地
一、院宅 但八間半五間
一、土蔵 弐間半三間
右駒嶽之儀者高山に御座候得バ
峰三ケ処ニテ御本地観世音菩薩也、
中之岳ニハ大権現、
奥之院ニハ日輪魔梨支天(摩利支天)大明王ニ御座候、
古来別当仕居候処猶又天保十亥年(1839)之時分、私実父故実之時候、
江戸上野之宮様ヨリ元三大師之御尊像被下置候時節高山之儀ニ御座候得者、
時節差図之上登山人先達致候様、被仰付候処相違無御座候
以上
尤祭り同村ニ御座候得ハ神主等モ立合申候
右者今般御一新ニ付当院兼帯処其外所持之分可書出旨被仰渡候処相違無御座候依之奉書上候以上

慶応四辰年八月日 巨摩郡横手村駒獄別当 別納本良院

寺社御役所
【筆註】
この書上帳で大切なことは、本良院には地理的に甲斐駒ヶ岳を仰ぎ見ることが出来る場所にあることで、横手や竹宇の駒ヶ岳神社から甲斐駒ヶ岳を仰ぐことは出来ない。この記事によると他の社も併設されている。
駒ヶ岳信仰が中心であることは明瞭である。また横手村の江戸地図や横手明細書には駒嶽神社は存在していない。諏訪神社・若宮八幡神社などの名が見え、駒嶽神社は明治以降にこうした神社を併合または名義を代えて成立したと思われ「白州町誌」や「峡北神社誌」などのいわれはその際に創られたともとれる。日本武尊(やまとたける)や聖徳太子と馬、それに地域の武将(山梨では新羅三郎義光)などは県内の社寺の由緒に見えるもので、それは国中では特に多い。
駒嶽之儀者高山に御座候得バ峰三ケ処ニテ
御本地観世音菩薩也、中之岳ニハ大権現、
奥之院ニハ日輪魔梨支天(摩利支天)大明王ニ御座候、
【写真】現在の本良院阯 駒ケ岳不動尊の文字塔 

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