Quantcast
Channel: 北杜市ふるさと歴史文学資料館 山口素堂資料室
Viewing all articles
Browse latest Browse all 3088

北原白秋(1885-1942)

$
0
0
北原白秋(18851942
『日本文学全集』全29巻 
監修 谷崎潤一郎 武者小路実篤 志賀直哉 川端康成 一部加筆
 
本名は隆吉。福岡県柳河に生まれ、早稲田大学英文科に学んだ。若くして薄愁、射水と号して詩歌に親しみ、藤村の『若菜集』や「文庫」「明星」を愛読、明治三十八年「早稲田学報」の懸賞詩に一等入選した詩「全都覚醒賦」が当時の「文庫」に転載されて、一躍新進詩人として詩壇に登場した。
翌三十九年に鉄幹の招きに応じて新詩社に入り「明星」に作品を発表、上田敏の訳詩集『海潮音』の影響を強くうけて象徴主義の詩法を自得し、四十二年
に処女詩集『邪宗門』を、四十四年に『思ひ出』を出して、官能的耽美派の代表的詩人となった。詩集には『東京景物詩及其他』『白金の独発』『水墨集』『海豹と雲』その他多くがあるが、白秋の詩才は、詩のみにとどまらず、歌集『桐の花』(大正二年)をはじめ『雲母集』『雀の卵』『白南風』『黒槍』
などの名歌集におよび、さらに『とんぼの眼玉』『白秋童謡集』などの童謡集、『白秋小唄集』『日本の笛』『あしの葉』などの民話集等を生み、晩年眼を病み昭和十七年五十八歳で没するまで、じつに行くとして成らざるなき天分を示し、明治、大正、昭和の三代を光被した大詩人であった。
 ここに収めた『思ひ出』(ここでは未載)は、白秋の第二詩集ではあるが、
実際には『邪宗門』と同時期、あるいはそれ以前の作品も含まれている。白秋がわが象徴詩に新しい道をひらいたことは先に述べたが、それは従来の象徴詩が内包する欝屈した伝統的情緒を、新しい時代的感覚の中に解放したということである。そしてそれは近代詩における新しい官能美学の創始でもあった。白秋以前に、このような衝撃的な感覚世界をしめしえた詩人は一人もいなか一つた。
『思ひ出』は、こうした天才の特異な世界を、もっとも純粋にしめした詩集であって、その長い序文に見るように、そこに描きだされているのは、「水にうかぶ柩(ヒツギ)」のような水郷の古里柳河における少年期の恐怖や懐疑や悲哀や、そこはかとない性の目覚めの感傷を、追想の中に描きだした抒情小曲集
である。
 白秋の初期の作品が、いかに鋭敏な諸感覚の所産であるかを知るために、試みにこの詩集の序詩「思ひ出」を見るとよい。そこには視覚、嘆覚、聴覚、触覚が一作品に動員されて、そこに主題たる「思ひ出」のイメージが、あたかも感覚の合成情緒の中に捉えられているのを見るだろう。白秋の異常な資質は、その詩作品にあらわれているばかりでなく、この詩集の長い序文の中に、まずすばらしい跳梁を見せている。わが国の多くの詩集の中で、おそらくこれほど詩的な序文は他に見ないであろう。この『思ひ出』の出版記念会は、わが国最初のものとされているが、当日出席の上田敏は、この詩集を「日本古来の歌謡の伝統と、新しいフランス芸術とを同時にふまえた綜合的詩集である」とし、ことに、この序文「わが生ひたち」を読んで落涙したとまで激賞したという。(本巻所載の詩集『思ひ出』は「白秋全集」(アルス)によった。

  北原白秋作品 小児(こども)と娘
小児ごころのあやしさは
白い小猫の爪かいな。
昼はひねもす、乳酪の匙(サジ)にまみれて、飛び超えて、
卓子(テーブル)の上、椅子の上、ちんからころりと騒げども、騒げど
流石、寝室(ネベヤ)に瓦斯の灯のシンと鳴る腋は気が滅入ろ。
いつか殺したいたいけな青い小鳥の羽の音。
 
娘ごころのあやしさは
もうせんごけの花かいな。
いつもほのかに薄著してしんぞいとしう見ゆれども、
昼が畳なか、大それた強い魔薬に他こそ知らね、
赤い火のよな針のわな千々(チジ)にふるへて虫を捕る、虫を捕る。
なんぼなんでも殺生な、夜は夜とてくらやみに。
 
  北原白秋作品 青い小鳥
知ら男のいふことに、
青い小鳥よ、樫の木造り、わしの寝床が見馴れたら、
せめて入日につまされて鳴いておくれよ、寵の鳥。
牛乳(チチ)が好きなら牛乳飲まそ、
野芹(セリ)つばなも欲しかろがわしの身体ぢやままならぬ。
何がさみしいカナリヤよ。
 ――よしやこの身が赤い血吐いて、いまに死なうとそなた
 は他人、
ちつと黙(ツグ)んだ嘴(クチバシ)にケレオソートが絡むかいな。
 
死んだ娘のいふことに、
青い小鳥よ、担荷の上のわしの姿が見えぬとて、
ひとの涙のうしろからちらと鳴くのか、寵の鳥。
弔むそなたの真実は
金の時計か、襟どめか、惜しい指輪の玉であろ。
何がかなしいカナリヤよ。
  ―――よしやこの身が解剖をされて、墓へかへろと、
そなたは他人、       
やつといまごろ鳴いたとて死んだ肌がなんで知ろ。

Viewing all articles
Browse latest Browse all 3088

Trending Articles