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高村光太郎 たかむらこうたろう(1883~1950

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高村光太郎たかむらこうたろう(18831950
『日本文学全集』全29巻 
監修 谷崎潤一郎 武者小路実篤 志賀直哉 川端康成 一部加筆
 
彫刻家高村光雲の長男として東京に生まれ、東京美術学校木彫科を卒業、はじめ篁砕雨と号して与謝野鉄幹に歌を学び「明星」「スバル」に短歌を発表した。
 彼が美校を卒業して外遊に出たのは、明治三十九年二十四歳の時である。彼は翌年の六月までアメリカに滞在したが、この期間彫刻と絵画の勉強のかたわらホイットマンの詩を耽読し、初めて「秒刻」「海鶴」「散開録」などの詩を「明星」に送って発表した。それまでは短歌のみを発表していたのである。
 それからイギリスに渡り、約一カ年をすごして、パリに移った。彼はここでフランス語を学び、ランボオ、ヴュルレエヌ、ボオドレールの詩をよみ、彫刻の修業のかたわら近代詩に打ちこんでいった。そして明治四十二年に帰朝したが、この四カ年にわたる外遊で彼が得たものは、主として芸術上の 新しい視野と、祖国日本に対する客観的認識とであった。
 彼は元来、父光雲によって象徴される封建的な権力や世俗的名声や、あるいは宏にまつわる明治的な因習に、はげしい抵抗感と嫌悪感をいだいていたが、この外遊における経過によって、その考え方は、いよいよ決定的なものとなった。それは帰朝の翌々年「スバル」に発表された詩「根付の国」(詩集『道程』所収)に、もっとも典型的にあらわれている。
 この詩は、この詩集の初めに収録されているが、そこには狡猾で、見栄坊で、こせこせと醜くかたまった日本人の顔が、 根付となって描き出されている。短い詩だが、そこには青々として木彫刀をふるっている光太郎の技術の冴えがあり、彼の詩の最大の美点である造型性が、もっとも端的にあらわれた最初の詩として注目すべき作品である。
 光太郎は、いつも自分が詩をかくのは、その本業である彫刻の純粋をまもるために、自分の中にある文学的要素のはけ口として必要だからである、といっているが、あにはからんや、それとは逆に、彼の彫刻におけるすぐれた造型感覚が、 彼の詩を生かしているのであって、この美点がなければ、彼と同じ人道派の詩人千家元麿や、思想的詩人野口米次郎を凌ぐことはできなかったはずである。
 光太郎は帰朝後、ただちに白秋、杢太郎らの「パンの会」 のグループに参加したが、このグループの特色である官能的デカダンスの影響は、まず初期の詩「失われたモナ・リザ」高村光太郎(明治44年・父光雲の胸像の前で)に、避けがたく現われ、翌年にかかれた「甘栗」「鳩」「食後の酒」、あるいは「髪を洗ふ女」「めくり暦」「葛根湯」なども、どこかに都会情緒的頽廃の感染をうけている。勿論それらの詩と同期に作られた「新緑の毒素」「廃頽者より」「父の顔」「泥七宝」などの詩には、はげしいヒューマニストとしての苦悩の声をきくことができるが、大体においてこの詩集の前半は、頽廃的要素と、これに抗する人道主義的苦悩との葛藤の場であり、こうした混乱を和服して、きびしいヒューマニスティックな自我の確立をしめしだしたのは、この詩集の後半である。そしてその作品の中心に、記念的な作品「道程」が屹立しているのである。つまり光太郎が智恵子と出会い、「パンの会」を脱出した時期にあたる。そこには、ノミで刻みこむような光太郎独特の造型性が見られ、清教徒のようにきびしくて哀しい人間的なヒビキがこもっている。
 光太郎の大きな不幸と挫折とは、この詩集『道程』以後に訪れている。一つは智恵子の発狂と死であり、もう一つは詩集『典型』にあらわれる敗戦による精神的抄折である。しかしながら、そうした人生的苦悩のただ中にあって、ひたすら芙と真実をうたい上げた光太郎の姿は、たとえようもなく感動的であり、日本詩史の上にそびえる比類ない景観である。
 ここで特につけ加えておかなければならないことは、『智忠子抄』の詩の多くは、この『道程』以後に属する作品であり、また光太郎の傑作長詩「雨にうたるるカテドラル」のほか「鉄を愛す」「氷上戯技」「ぼろぼろな駝鳥」「地理の書」「火星が出てゐる」その他多くの著名な作品が、この詩集のほかに残されているということである。(詩集『道程』は角川文庫「道程」・「高村光太郎全集」(筑摩書房)によった。)
 
 
 
道程 高村光太郎 一九一〇年 失はれたるモナ・リザ

モナ・リザは歩み去れり
かの不思議なる微笑に銃の如き頭舌を加へて
「よき人になれかし」と
とほく、はかなく、かなしげに
また、凱旋の将軍の夫人が倫視(ヌスミミ)の如き
冷かにしてあたたかなる
鋏の如き顫音(センオン)を加へて  震える音
しつやかに、つつましやかに
モナ・リザは歩み去れり
 
モナ・リザは歩み去れり
深く被はれたる煤色の仮漆(エルニ)こそ
ほれやかに解かれたれ
ながく画堂の壁に閉ぢられたる
額ぶちこそは除かれたれ
敬虔(ケイケン)の涙をたたへて   つましい
画布(トアフル)にむかひたる
迷ひふかき裏切者の画家こそはかなしけれ.
ああ、画家こそははかなけれ
モナ・リザは歩み去れり
 
モナ・リザは歩み去れり
心弱く、痛ましけれど
手に権謀の力つよき
昼みれば淡緑に
夜みれば真紅になる
かのアレキサンドルの青玉(セイギョク)の如き
モナ・リザは歩み去れり
 
モナ・リザは歩み去れり
我が魂を脅し
我が生の燃焼に油をそそぎし
モナ・リザの唇はなほ微笑せり
ねたましきかな
モナ・リザは涙をながさず
ただ東洋の真珠の如き
うるみある淡碧の歯をみせて微笑せり
額ぶちを離れたる
モナ・リザは歩み去れり
 
モナ・リザは歩み去れり
かつてその不可思議に心をののき
逃亡を企てし我なれど
ああ、あやしきかな
歩み去るその後かげの慕はしさよ
幻の如く、又阿片を怖く畑の如く
消えなば、いかに悲しからむ
ああ、紀念すべき霜月の末の日よ
モナ・リザは歩み去れり
十二月十四日

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