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【石田 梅岩】いしだ はいがん

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【石田 梅岩】いしだ はいがん

『別冊歴史読本』江戸人物ものしり事典<その5>学問・思想の指導者30
中野三敏氏著(昭和54年当時、九州大学助教授)
 
貞享二年(一六八五)、丹波の農家に生まれる。通称勘平。名は興長。梅岩は号。
十一歳で京の商家に奉公、いったん帰郷して二十三歳の時、京の黒柳宏に奉公、以来二十年を徒弟・番頭として過ごし、その間独学に励む。三十五、六歳の頃、隠者小栗了雲に会い一心に開悟する所があった。四十五歳の時、京の自宅に講席を開き、後年いわゆる「心学」と呼ばれる独特の思弁を講釈し、以来著述や出講釈に明け暮れた。その主張は、聖賢の心を知るにはまず自らの心を知れという所にあり、「心学」の名称もこれによる。中心は朱子学だが、それに偏らず、人は皆その個別の姿そのままで普遍的な天道に繋がるものとして、「天人合一の理」と称した。そこには、封建的身分制を肯定しながらも、職能的平等性を主張、ひいては封建の範囲内でぎりぎりまで人間中心主義をつらぬいた彼の考えが見られる。著書は『都鄙問答』『斉家論』等。延享元年(一七四四)、六十歳で没した。

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