『江戸三吟』五年冬から六年春にかけて
刊行は翌六年
其の一
あら何ともなや昨日は過てふぐと汁 桃青
寒さしさって足の先まで 信章
居合ぬき霰の玉やみだるらん 信徳
拙者名字は風の篠はら 青
相応の御用もあらば池の邊 章
海老ざこまじりの折ふしは鮒 徳
醤油の後は濁れば月すみて 青
更てしばく小便の露 章
聞耳や餘所かあやしき荻の聲 徳
難波の蘆は伊勢の與茂一 青
屋敷がたあなたへさらりこなたへも 章
かはせ小判や袖にこぼるゝ 徳
物際よことわりしらぬわが涙 青
干鱈四五枚是式の戀を 章
寺参り思ひ初たる衆道とて 徳
〔一本 寺のぼり〕
みじかきこゝろ錐で肩つく 青
糠釘のわずかの事にいひ募り 章
露がつもりて鐘鑄の功徳 徳
嘘つきの坊主も秋や悲むらん 青
其一休に見せばやの月 章
花のいろ朱鞘を残す夕間暮 徳
いつやきつけの岸の山ぶき 青
芳野川春も流るゝ水茶碗 章
紙袋より粉雪とけゆく 徳
風青く楊枝百本けづらむ 青
野郎ぞろへ紋のうつり香 章
双六の菩薩も爰に伊達姿 信徳
衆生の銭をすくひとらるゝ 青
目の前に島田金谷の三瀬川 章
から尻しづむ淵は有けり 徳
小蒲團に大蛇の恨み鱗形 青
鐡の食櫃湯となりし中 章
一二献跡は淋しく暮過て 徳
月は昔のおやじ友達 青
蛬無筆な侘そきりぐす 章
胸算用の薄みだるゝ 徳
勝負も半の秋の清風に 青
われになりたる波の関守 章
あらはれて石魂忽飛千鳥 徳
ふるい地蔵の茅原更ゆく 青
鹽うりの人かよひけり跡見えて 章
文正が子を戀路なるらむ 徳
今日より新狂言と書くどき 青
ものにならずにものおもへとや 章
或時は臧の二階に追込んで 徳
何ぞと問ば猫の目の露 青
月影や似せの琥珀に曇るらむ 章
隠元衣うつゝか夢か 徳
法の聲即身非花散て 青
名残の雁も一くだりゆく 章
上下のこしのしら山薄霞 徳
百萬石の梅匂ふなり 青
むかし棹今の帝の御時に 章
守随きはめの歌の撰集 徳
掛乞も小町が方へといそぎ候 青
これなる朽木の横にねさうな 章
小夜あらし扉落ちては堂の月 徳
古入道は失せにけり露 青
海尊やちかいおころ迄山の秋 章
さる柴人がことの葉の色 徳
縄帯のその様いやしとかゝれたり 青
これぞ雨夜のかち合羽なる 章
飛のりの馬からうとや時鳥 徳
森の朝風狐ではないか 青
二(みう)柱彌右衛門と見えて立ちかくれ 章
三笠の山をひつかぶりつゝ 徳
萬代の古着かはうと呼ばうなる 青
質のながれの天の羽衣 章
田子の浦波打ちよせて負博奕 徳
不首尾で帰る海士の釣船 青
前は海入日を洗ふうしろ疵 章
松が根枕石のわたとる 徳
つゞれとや仙女が夜なべ散 青
瓦燈の烟に佛の月 章
我戀を鼠のひきしあしたの秋 徳
泪しみたる突きりの露 青
衣装繪の姿うごかす花の嵐 章
匂ひかくる願主しら藤 徳
鈴の音一貫二百春くれて 青
片荷は財布めては香久山 章
雲介のたなびく空に来にけらし 徳
幽霊となって娑婆の小盗み 青
無縁寺の橋の上より落さるゝ 章
都合その勢萬日まゐり 徳
祖父祖母早うつたてや者どもとて 青
皷をいだき草鞋しめはく 章
米俵口をむすんで肩にかけ 徳
木賃の夕べ風の三郎 青
韋駄天もしばし休らふ早飛脚 章
出せや出せやとせむる川舟 徳
はしり込追手貌なる波の月 青
すは請人か蘆の穂の聲 章
物の賭振舞にする天津雁 徳
木鑵子の尻山の端の雲 青
人形の鍬の下よりゆく嵐 章
畠にかはる芝居淋しき 徳
此翁茶屋をする事七度迄 青
住よし諸白砂ごしの海 章
淡路潟かよひに花の香をとめて 徳
神代このかたお出入の春 執筆
『江戸三吟』其の二
さぞな浄瑠璃小うたはこゝの春 信章