口素堂詩文・序文・跋文集・詞書 素堂45才 貞享三年(1686) 秋、「芭蕉素堂に瓢の銘を求む」
素堂…
あるひと芭蕉庵にひさこを送れり、長さ三尺にあまり、めぐり四尺にミつ。天然みかゝすして光あり。うてハあやしきひゞきを出す。是をならして謳歌しあるハ竹婦人になぞらへて、納涼のそなへとし、又米いるゝ器となして、うち無しなしき時は朋友の許へ投すれハ滞ちて帰りぬ。
予是に銘していはく
一瓢重泰山
自笑称箕山
莫慣首陽山
這中飯穎山
芭蕉…
顔公の垣根におへるかたみにもあらず、恵子がつたふ種にしもあらで、我ひとつのひさごあり、是をたくみにつけて、花入るゝ器にせむとすれば、大にしてのりにあたらず。さゝえに作りて酒をもらむとすれば、かたちみる所なし。ある人のいはく、草庵いみじき種、入べきものなりと、まことによもぎのこゝろあるかな。
隠士素堂にこふて、これが名を得さしむ。そのことばは右にしるす。
一瓢重泰山
自笑称箕山
莫慣首陽山
這中飯穎山
其句みな山をもてあてらるゝがゆえに、四山と呼ぶ、中にも喰穎山は老杜のすめる地にして、季白淋たはぶれの旬あり。素翁の季白にかはりて我貧をきよくせむとす。かつ、むなしきときは塵の器となれ。得る時は、一壷も干金をいただいて、黛山もかろしとせむことしかり。
ものひとつ瓢はかろき我よかな 芭蕉
素堂と芭蕉 蓑虫の遣り取り 素堂46才 貞享四年(1687)
『素堂・芭蕉蓑虫の遣り取り』
素堂…隣家の僧行脚に出て久しく帰ざりし頃
みのむしやおもひし程の庇より(貞享二年四月)
素堂…此日予が園にともなひけるに、又竹の小枝にさがりけるを
みの虫にふたゝびあひぬ何の日ぞ
このゝち芭蕉のもとより
芭蕉…草の戸ぼそに住みわびて秋風のかなしげなるタ暮友達のかたへ言ひ遣はし侍る
素堂…芭薫翁みの虫の音をきゝにこよとまねかれしころ
みのむしみのむし声のおぼつかなきをあはれむ
ちゝよちゝよなくは、孝のもっぱらなるものか
いかに伝へて鬼の子なるらん清女が筆のさがなしや
よし鬼の子なりとも又瞽叟そうを父として舜あり
汝はむしの舜ならんか
みのむしみのむし声のおぼつかなくてかつ無能なるをあはれぶ
松虫は声のうるはしきがために籠中に花をしたひ
桑子は糸をなすによりからうじて賎の手に死す
みのむしみのむし静かなるをあはれぶ
胡蝶は花にいそがしく蜂は蜜をいとなむがために往来おだやかならず
誰がためにこれをあまくするや
みのむしみのむしかたちのすこしきなるをあはれぶ
わずかに一葉をうれば其の身をうるほす
竜蛇のいきほひあるもおほくの人のために身をうるほす
しかじ汝のかたちのすこしきなるに
みのむしみのむし蟷螂のいかりなし
糸をひけども蜘蛛のたくみなし
其の糸をたづさへたるありさまは漁翁の雨の江にたてたるに似たり
漁翁は得たものをはすれす
渭水の翁すら文王を釣のそしりをまぬがれず
たれかいふ駟馬の事はむかし一蓑の風流に及ず
みのむしみのむし玉むし故に袖ぬらしらん
田蓑の鶴の名にかくれずや
いけるもの誰か此まどひなからん
遍照の蓑しぼりたまふは古妻を猶わすれざればなり
みのむしみのむし春は柳にすがりそめて桜が塵にまじはり
秋は萩ふく風にねをそへて紅葉のはやしにかくれ
やゝ木枯の後はうつせみに身を習ふや
からも身もともにすつるや
蓑虫蓑虫 適逢園中 従容侵雨 ?然乗風 (?=(票風))
自露甘口 青苔掩躬 天許作隠 我燐呼翁
諌啄野鳥 制払家童 脱蓑衣去 誰知其終
かつしかの隠士素堂
芭蕉…
「蓑虫販」草の戸さしこめて、もの・佗びしき折しも、偶蓑虫の一句を云ふ。我友素翁はなはだ哀がりて、詩を題し文をつらぬ。其文や玉をまろばすがごとし。つらつら見れば、離騒のたくみ有に似たり。又蘇新其黄奇あり。はじめに虞舜・曽参の孝をいへるは、人におしえをとれとなり。其無能不才を感じる事は、ふたたび南花の心を見よとなり。終に玉むしのたはれは、色をいさめむとならし。翁にあらずば誰が此むしの心を知らん。静にみれば物皆自得す、といへり。此人によりてこの句をしる。
むかしより筆をもてあそぶ人の、おほくは花にふけり実をそかなひ、みを好みて風流を忘る。此文や、其花を愛すべし。其の実猶くらひつべし。ここになにがし朝湖と云有。
この事を伝へききて、これを画く。まことに丹青話淡して情こまやか也。こころをとどむれば、虫うごくがごとく、黄葉落るかとうたがふ。みみたれて是を聴けば、其むし声をなして、秋のかぜにそよそよ寒し。猶寒窓に閑を得て、両子の幸に預る事、蓑むしのめいぼくあるに似たり。
素堂…「蓑虫賛」
延喜のみこ兼明親王、小倉におはせしころ、ある人雨に逢ふて、蓑かかけられるに、山吹の枝をたをりてあたへ玉ふ、
七重八重花はさけとも山吹の
みのひとつたになきそかなしき
との御こころはへにて、貸した間はさりしとや。また和泉式部、いなり山にて雨にあひ、田夫にみのをかりけるに、あをといふものかしてよめるとなん。時雨するいなりの山のもみち葉は青かりしよりおもひそめてあをは蓑のたくひなるよし。若汝にみのをからんとき、山吹のこころをとむらや、いなり山のうたによらんや。
嵐雪…「蓑虫をきゝにゆく辞」あり。