素堂 天和2年(1682)41才
世相
……一月、大老堀田正俊さらに加増して十三万石となる。
二月、病人病馬を捨てることを禁じ、「生類憐みの令」の発端となる。
三月、孝行者を表彰。
五月、人身売買を禁止。キリスト教禁令などの高札を諸国に立てる。
七月、木下順庵を幕府儒官に起用。十二月、江戸で大火、八百やお七の火事である。
俳壇
……西山宗因歿(78才)。前述の火災で芭蕉庵焼失する。西鶴『好色一代男』。
桃青八吟歌仙……「歌仙 月と泣夜」
白魚露命
月と泣夜生雪魚の朧闇 其角 雪魚=いつまで
蓑にたまらぬ蝦醤の淡雪 桃青 蝦醤=あみ
孤村苔の若木の岩長て 麋塒
徳利の魂の雨を諷ふか 暁雲
山童風に茶臼ヲ敲キ待 集和
猫ふく賤の声の旦方 峡水 旦方=たそがれ
秋通ふいつしか荻の竈原 自準 竈原=かまどはら
かきあげの城骨露に白し 素堂
かげらふの法師眼に有明て 桃青
蛍火のもとにとうふ断ラン 曉雲 断=キル
水暗き芦葉に銭をつなぎてよ 峡水
蜑の捨子の雨を啼声 自準
朝わたる荒洲の鵺の毒を吐 其角 鵺=ヌエ
猿猴腸のくさる悲しび 桃青 猿猴=エンコウ
南に風芳しき鬼醤 麋塒 醤=ビシホ
蘇鉄に刻む髭の毛薑 峡水 薑=ハジカミ
寒ヲ治ス貧斉坊が陽花論 曉雲
○娃将軍艦考レ之 麋塒
春嵐時の不正の危しきに 自準
米屋が塚の雨枯にけり 桃青
折掛の行燈もえてちょろくと 曉雲
夕顔くらふ鼠おもかげ 麋塒
比し得て賎が餅花 せよ 峡水
年玉は揃尽ス秋風 其角
只月のみ而巳にして月詠ても 素堂 詠=ナガメ
夜ルの鰹をかつを問るゝ 峡水
歌の客かげまのもとにざれいねて 桃青
泪畳をうつ私閑に 麋塒 私閑=ササメシズカ
頭地ヲ穿ツ疼焉トおもひ 其角
髭塵を掃侍んとすらん 素堂
(『芭蕉の谷村流寓と高山麋塒』小林佐多夫氏著所収)
素堂……三月、『武蔵曲』千春撰。発句四、付句十入集。季吟序。
千春が天和元年冬から翌年春まで江戸に滞在した際の俳交記念集。
春
梅柳さぞ若衆哉おんなかな 桃青
梅咲リ松は時雨に茶を立ル比 杉風
白魚露命
月と泣夜。生雪魚の朧闇 其角生雪-イツマデ
池上偶成
池はしらず亀甲や汐ヲ干ス心 素堂
けふ汐干餌切し舟の刻をとふ 千春 餌=エバ 刻=キザ
夏
舟あり川の隅ニ夕凉む少年哥うたふ 素堂
夕皃の白ク夜ルの後架に帋燭とりて 芭蕉
夜ル國の夢ね寝覚や郭公 麋塒
秋
侘テすめ月侘齋がなた茶哥 芭蕉
芭蕉野分して盥に雨を聞夜哉 々
鰹の時宿は雨夜のとうふ哉 素堂
花桃丈人の身しりぞかれしは、いづれの江のほとりぞや。
俤は教し宿に先立て、こたえぬ松と聞えしは、誰を問ひし心ぞや。
閑人閑をとはまくすれど、きのふはけふをたのみけふまたくれぬ。
行ずして見五湖煎蠣(イリガキ)の音を聞 素堂
「錦どる」(一百韻一巻)高山麋塒(ビジ)主催の月見の宴。素堂付句十入集。
錦どる都に売らん百つゝじ 麋塒
壱 花ざくら 二番山吹 千春
風の愛三線の記を和らげて 卜尺 三線=しゃみせん
雨双六に雷を忘るゝ 暁雲 雨双六=すごろく
宵うつり盃の陣を退りける 其角 退り=まかり
せんじ所の茶を月に汲む 芭蕉
霧軽く寒や温やの語を尽ス 素堂
梧桐の夕孺子を抱イて 似春
狐村遙に悲風夫を恨ムかと 昨雲
媒酒旗に咲みを進ムル 言水
別るゝ馬手は山崎小銭寺 執筆
猶ほれ塚を廻向して過グ 麋塒
袖桶に忘れぬ草の哀折ル 千春
小海老母を慰む 卜尺
悴たる鷺の鬘ヲ黒やかに 曉雲 悴=カジケ(やつれ)
捨杭の精かいとり立り 素堂
行脚坊卒塔婆を夢の草枕 芭蕉
八聲の月に笠を揮 其角 揮=ハタゝク
味噌樽にもる露深き夜の戸は 言水
泣ておのゝく萩の少女 昨雲
妻戀る花馴駒の見入タル 似春
柱杖に地を切ル心春 千春
陽炎の形をさして神なしと 麋塒
帋鳶に乗て仙界に飛 曉雲 帋鳶=シエン
秦の代は隣の町と戦ひし 其角
ねり物高く五歩に一樓 芭蕉
露淡く瑠璃の真瓜に錫寒し 素堂 真瓜=まくわ
蚊の聲氈に血を含むらん 言水
夜ヲ離レ蟻の漏より旅立て 卜尺 漏=ウロ
槐のかくるゝ迄に帰リ見しはや 似春
匂落ツ杏に酒を買ところ 芭蕉
強盗春の雨をひそめく 昨雲
嵐更ケ破魔矢つまよる音すごく 千春
鎧の櫃に餅荷ひける 麋塒
末の瓦器頭巾に帯て夕月夜 曉雲
猫口ばしる萩のさはさは 素堂
あさがほに齋まつりし鼬姫 言水 齋=イツキ
蔵守の叟霜を身に着ル 芭蕉
此所難波の北の濱なれや 似春
紀の舟伊勢の舟尾張船 麋塒
波は白波さゝ波も又おかし 素堂