**古式之百韻**貞享二年(1685)
『日本俳書大系』芭蕉一代集 上巻 一部加筆
古式之百韻とは清水連歌の事で、表十句、名残の表六句で百韻の表及び名残の裏とも各八句なると相違して居る。尾花澤の鈴木清風が江戸に於いて貞享二年六月芭蕉からその制式伝授を受け後、門人芝嵐に授興し、芝嵐の孫其日庵尺艾が享和三年正月『芭蕉翁古式之俳譜』といふ書名で、京都橘治から出版したのである。
貞享二年六月二日 東武於二小石川-興行
賦花何俳諧之連歌
涼しさの凝(コリ)くだくるか水草 清風
青鷺草を見越す朝月 芭蕉
松風の博多箱崎露けくて 嵐雪
酒店の秋を障子あかるき 其角
社日来にけり尋常の煤はくや 才丸
舞ふ蝶仰ぐ我にしたしく コ斎
みちの記も今は其儘に霞こめ 素堂 *
氈(セン)を花なれいやよひの雛 清風
老てだに侍従は老をへりくだり 芭蕉
氷きよしと打守りけり 嵐雪
戸隠の山下小家のしづかにて 其角
阿闍梨もてなす父の三年 才丸
笑顔よくむまれ自慢の一器量 コ斎
船に夜々いのち商ふ 素堂 *
雨そぼつ蚊やり火いたく煙てし 清風
草庵あれも夏を十疂 芭蕉
既にたつ碁に稀人をあざむきて 嵐雪
鴻鴈高く白眼ども落ず 其角
晩稲(オクテ)刈干みちのくの月よ日よ 才丸
静璃瑠聞んやど借らん秋 コ斎
椎の實の價算(カゾヘ)る半蔀(ハジトミ)に 素堂 *
うしろ見せたる実婦妬しき 清風
花ちらす五日の風はたがいのり 芭蕉
北京透き丸山の春 嵐雪
三尺の鯉に小鮎に料理の間 其角
はや兼好をにくむ此とし 才丸
幾囘(イクタビ)の戦ひ夢と覚やらす コ斎
逝水やみを捨てぬものかは 素堂 *
白鳥のはふり湯立の十五日 清風
夫醉醒の愚に嚏(テイ)して 芭蕉
梮(カンジキ)のすすみかねたる黄昏に 嵐雪
おし恩愛の澤を二羽たつ 其角
桟造わ曲輪のつみを指おらん 才丸
きぬぎぬの衣薄きにぞ泣く コ斎
いかなればつくしの人のさはがしや 素堂 *
古梵のせがき花皿を花 清風
ひぐらしの聲絶るかたに月見窓 芭蕉
引板(ヒダ)を発とすおのこ噓(ウソブ)く嵐雪
武士のものすさまじき艤(ハナヨソオイ)ひ 其角
七里法華の七里秋風 コ齊
丑三の雷南の雲と化し 才丸
槐の小鳥高くねぐらす 芭蕉
陰陽紳の官主其儘の仮屋建 素堂 *
狂女さまよふ跡したふなる 清風
情しる身は黄金の朽てより 芭蕉
輕く味ふ出羽の鰰(ハタハタ) 才丸
寒月のこともづなあからさまなりし 嵐雪
枯てあらしのつのる荻萩 其角
独楽の茶に起伏を舎(ヤド)るのみ 才丸
三里も居(スエ)ず不二いまだ見す コ斎
鹿を迫ふ弓咲花に分入て 素堂 *
春を愁る小の晦日 清風
陽炎に坐す橡低く狭かりき 芭蕉
砥水きよむる五郎入道 嵐雪
倅もたば上戸も譲るかくごなり 其角
雲ちりぢりに風薫る藪 才丸
伊預すだれ湯桁の数はいざしらず コ斎
入院見舞の長に酌とる 素堂 *
一陽を襲正月はやり来て 清風
汝さくらよかへり咲ずや 芭蕉
染殿のあるじ旭を拝む哉 嵐雪
しのぶのみだれ瘧(オゴリ)ももたび 其角
うき世とはうきかは竹をはづかしめ 才丸
名をあふ坂をこしてあらはす コ斎
彼の月家に入右尉出る兒 素堂 *
わけてさびしき五器の焼米 清風
みの虫の狂詩つくれと噂ならん 芭蕉
息に死たる塚に彳(タタズ)ム 嵐雪
初雪の石凸凹に凸凹に 其角
小女郎小まんが大根引ころ 才丸
血をそそぐ起請もふけは飜(ヒルガエ)り コ斎
見よもの好の門は西むき 素堂 *
神明しの夜をささがにの影消えて 芭蕉
汗深かりし憤る夢 芭蕉
はらからの旅等閑に言葉なく 嵐雪
ふるごとさとる小夜の中山 其角
枝花をそむくる月の有明て 才丸
ふらこゝつらん何某が軒 コ斎
谺(コダマ)して修理する船の春となり 素堂 *
立初る虹の岩をいろどる 清風
きれ凧に乳人(メノト)が魂は空に飛 芭蕉
麻布の寝覚ほととぎす啼け 嵐雪
わくら葉やいなりの鳥居顕れて 其角
文治二年のちから石もつ 才丸
乱れ髪俣くゞりしと偽らん コ斎
礫に通ふこころくるはし 素堂 *
三日月の影西須磨に落て鳧(ケリ) 清風
秋はものかはあけ拾の棟 芭蕉
燈しんを負(オヘ)ばかならすはつ嵐 嵐雪
只一眼もみちはひとすじ 其角
特(コッテイ)のくろきもさすがゆふ間ぐれ 才丸
定家かづらの凄む冬ざれ コ斎
低く咲花を八手と見るばかり 素堂
桶の輸入れの住居いやしく 清風
ひだるさを鎌にかへたるこころ太 芭蕉
瀧をおしまぬ不動尊き 嵐雪
聲なくてさびしかりけるむら雀 其角
出る日はれて四方しづかなり 才丸
花降らば我を匠と人やいはん コ斎
さくらさくらの奥深き国 執筆