芭蕉塚・芭蕉句碑 刊本『諸国翁墳記』より
写真・文学碑めぐり 江戸文学・東京篇
本田桂川氏著 昭和42年刊 一部加筆
芭蕉塚と芭蕉句碑についての文献として、古くは近江(液賀県)大津の義仲寺本廟から出版した『諸国翁墳記』がある。宝暦十一年(一七六一年)初版が刊行され、版を重ねるごとに増補を加え、安政年代までに約四百余基の全国に亘る芭蕉句碑などが収録されている。しかし初版発行の当初からこの書中には不備と杜撰の箇所が多く、これまで芭蕉句碑に関するバイブルのようにいわれて来たにもかかわらず、仔細に点検すると、必ずしも芭蕉文献としてこれを無条件に信頼するわけには行かない。
とにかく、そうした欠点を頭に入れて、同書中に、当時江戸市内外にあったと認められる芭蕉句碑を拾ってみると、次の十六基が挙げられ、うち現在なお建ち残っているものが○印の七基ある。解説を後廻しにして一応同書本文のままを書きぬいてみる。(×は誤とおぼしい)
1、発句塚 江戸深川長慶寺ニ在 其角・嵐雪建
世にふるはさら似宗祇の時雨哉 はせを
2、雪見塚 江戸三園長命寺ニアリ 祇庸(✕✕)建
3、夢 塚 江戸本所押上大運寺ニ在 桃鐘建
4、五月雨塚 江戸関口水神ニアリ 馬光(長谷川)建
5、古池塚 江戸深川芭蕉庵ニ在 雪中庵門人普成建
古池や蛙飛こむ水の音
6、月見塚 江戸雑司ケ谷本浄寺ニアリ 二代宗瑞建之
名月に麓の霧や田能くも里 芭蕉翁
(名月に麓の霧や田のくもり)
7、梅 塚 江戸雑司ケ谷宝城寺ニアリ 一窓下梅老門人建之
梅ケ香にの川と日乃出累山路哉
(梅が香にのつと日の出る山路哉)
8、翁 碑 東都鎧渡辺李院筒中ニ在 同人建之
9、翁 塚 武州玉河里五日市村 山市亭梅志建之
10、玉川塚 武州多摩郡青梅滝之岡 小簑奄連中建
玉川乃水にお本れそをみな遍し
(玉川の水におほれそ女郎花)
11、翁 塚 江戸青山原宿堵龍厳寺ニアリ 二世冬英・五陵建
春もやゝ気しきとゝのふ月と梅
12、女木塚 東武葛飾郡小名木沢勝智院ニ建 野逸社中
秋に添天ゆかほや末は小松川
(秋に添うて行かばや末は小松川)
13、桜 塚 江戸本江元町昌清寺 安彦建
佐久ら狩きとくや日々の五里六里
(桜狩きとくや日々に五里六里)
14、冬菜塚 同浅草新掘端浄念寺 安彦建
さしこもる葎の友や冬菜うり
15、雪見塚 東都目白台蓮華寺境内建 雪才
以さ佐らハ雪見に古路ふ所ま天
(いざさらば雪見にころぶ所まで)
16、日陰塚 武州八王子二建之 松原奄星布
てふ乃飛はかり野中の日かけ哉
(蝶の飛ぶばかり野中の日影哉).