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甲陽軍艦「品第二」信玄公の舎弟典厩が子息へ異見

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甲陽軍艦「品第二」
信玄公の舎弟典厩が子息へ異見「九十九ケ条の事」
 
天地の間は万物でうまる。その中に霊長である人がいる。名づけてそれを人倫という。その人のなすべき業がある。五常がそれであり、六芸がそれである。これは習わずにはすまない。父がよく伝えれば子もよく記録するものだ。
ここに武田信繁(信玄の弟)は、文武ともにすぐれ、礼も義もわきまえており世継ぎにあやかって長老と称する。俊敏にして学問を好むこと、玉が盤を走るごとくあざやかに、錐が嚢中から脱するように凡庸な人をしりめに英才をあらわさる。怠らずに倦まず努力なさる。
よってここに九十九ケ条の項目をもって教示する。
まことに民間にひそむ有能な人物の多いということ、孟子の母の断機の戒めもどうして遠い昔のことか。
学問はただ身をうるおす実利だけでなく、国家を興隆し、子孫を繁栄させる本である。この学問の本があってこそ、天地を認識でき、歴史を認知できるのだ。これがどうして真の道でないことがあろうか。
ああ一巻の書なくしていかにして天地の真理がわかろうか。この一書によって大きくその道はひらかれるというものだ。すばらしいことではないか。
 
時に永禄元年戊年(1558)陰暦五月中旬
竜山子謹んで誌す。
甲陽軍艦「品第二」
信玄公の舎弟典厩が子息へ異見「九十九ケ条の事」
一、
主君に対しては謀反の心を抱いてはいけない。『論語』では、急ぎのあわただしい時でも仁に違わず、倒れんとする危急の場合でも仁を忘れないことが君子だ、という。またいう、君に仕えるには、一身をささげ全力を尽くして勤めること。
二、
戦場においては、いささかも未練をもたず、全力で戦うこと。『呉子・ごし』にいう、死を覚悟して戦えば生きることもある、生きようとばかり願う心で戦えば死ぬ。
三、
油断なく言動を慎重にすること。『史記』にいう、自分が正しげれば、命令しなくても動くが、自分の行いが正しくなげれば命令しても従わない。
四、
武勇をもっぱら心がけるべきこと。『三略』には、強き将の下に弱兵なしとある。
五、
いつでも虚言をしてはいけない。
神のお告げによれば、正直は一時は損することもあろうが、ついにはそのうち恵みとなってかえってくる。
・ただし武略の時は適宜、嘘も方便で駆使すべきか。『孫子』にいう、兵力が充実していても攻撃を避け、時には敵の予想もしないことをして勝つ。
六、
父母に対してはいささかも不孝をしてはいけない。「論語」にいう、父母に仕えては全力で孝養に尽くすこと。
七、
兄弟に対してはいささかもぞんざいな態度をとらないこと。『後漢書』には、兄弟は左右の手なり、とある。
八、
自分の力量に達しないことは発言すべきではない。
・人の気根に応じて説くのに、人は一言を出して、その長短を知る。
九、
諸人に対してすこしも不作法をしてはいけない。
・補足していう。僧・童女・貧者にも、ますますその人に応じて丁重に接すること。
・『礼記』にいう、人は礼がきちんと行われている間も同時に危い状態にある。
十、
武芸の嗜みで肝要のこと
・ 『論語』では異端、つまり本筋をはなれた事を学ぶのは益がなく、むしろ弊害がある、とある。
十一、
学文において油断してはいけないこと。
  • 『論語』にいう、学ぶだけで自分で思考しなげれば深まらない。
  • 逆に乏しい知識で考えているだけで、学ばなければ不確かで独断になる危険がある。
    十二、
    歌道に精通すること。
  • 歌にいう「かすならぬ心のとかになしはてし、しらせてこそは身をもうらみめ」
  • (思いのとげられぬのは、物の数にも入らない、つまらぬ我が身のせいにはしてしまうまい。相手に我が心をうち明けて、それでうけ入れられない時、初めて我が身のつたなさを嘆こう。)
    十三、
    諸礼、油断なく嗜むべきこと。
    ・ 『論語』には、孔子が周公の廟(霊を祭る堂)に入って祭に関与したおり、儀式について先達にくわしく質問した、とある。
    十四、
    風流過ぎてはいけないこと。
  • 『史記』にいう、酒は度をこすとすなわち乱れ、楽しみも極限に達すると逆に悲しみとなる。
  • 『左伝云』にいう、遊び暮らすことは鵜の羽にあるという猛毒と同じで、必ず身を滅ぼすもの。
  • また語にいう、善いことは善いこととし、賢徳を重んじて情欲をおさえること。
    十五、
    ものをたずねた人に対して、失礼な応答をしてはいけない。
    ・『論語』にいう。友と交際して信用を失うような非礼なことは言わなかったか反省する。
    十六、
    いつでも堪忍の二字を心がげるべきこと。
  • 古語にいう、若い時、韓信が股をくぐらされて恥をかかされたが、よく忍んで後年漢の功臣になった故事のように、忍ぶ心が大切だ。
    十七、
    小さなことにつけ大きなことにつげ命令に違反してはいけない。
    ・水は容器に応じてどうにでもなる。人も周囲の状況によって善くも悪くもなる。
     
    十八、
    知行ならびに助勢を望んではいけない。・伝にはいう、功績がないのに受ける賞は不正による富みであり、禍の遠因となる。
    十九、
    侘び言や雑談すべからざること。『論語』には、貧しうして諂(へつら)うなく、富みて騒ることなし、とある。
    二十、
    家中の郎従に対しては、慈悲肝要のこと。『三略』にいう、民は両手両足のようなものであるから。
    二十一、
    家来の者が病気の時は、たとえ手数がかかっても見舞うこと。『軍識』には、臣下の身を、自分の、のどの渇きのように思うこと、とある。
    二十二、
    忠節臣を忘れてはいけないこと。『三略』にいう、善悪を混同して評価していると功臣は離れる、と。
    二十三
    一人をおとし入れるために悪く告げ口する者は許容できない。
  • ただし隠密の場合は別で、内容についてはひそかに調べ確認すること。
  • 語にいう、真直な板をとりあげて、曲がった材木の上にのせておくと、いつの間にか材が真直になるように民も服する、と。
    二十四、
    正しい諌言にはそむかないこと。
    ・古語にいう、良薬は口に苦く、病に利あり。諌言は耳に逆うて行うに利あり。
    ・また『尚書』にいう、忠告はその時は耳が痛く苦痛だが、実際の場面で利益になる。曲がった木も墨なわを当てて削ればまっすぐにいく。
  • 同様に人の忠告を快く受けいれれば政治を誤ることがない。
    二十五、
    家臣たちが奉公の意志はもっているが、何らかの事情で困窮しているものに対しては、ひとまず援助する。
    ・一年の計は五穀を種るにしかず、十年の計は木を種(うう)るにしかず、
    ・一期の計は人をたつるに如かず、とい二言葉がある。
    二十六、
    自分の用事のために、屋形の裏門を出入りしてはならない。
  • 礼記にいう、父子席を同じうせず、男女席を同じくせず、とあるように、もの事のけじめをはっきりさせる。
    二十七、
    友人から仲間にされないような者は、仁の道に励まなげればならない。『論語』にいう、食終える隙も仁に違わず。
    二十八、
    毎日の出仕、懈怠(けたい)してはいけない。
  • 『論語』にいう、畢竟(ひっきょう)、出仕の時は同僚と同じ所に居て、それから奥へ行くべきである。自分のいるべき場の判断が大切である。
  • 語にいう、三日も会わずにいた後では、相手を今まで通りと思ってはならない。
  • まして修業している君子のような立派な人物の場合にはなおさらで、ずっと向上しているものだ。
    二十九、
    深き知己たりといえども、人前においては雑談すべきではない。論語にいう、十分思案してから発言もし行動せよ。
    三十、
    禅の修行に励むこと。参禅別に秘訣なし。生死切なることを思え。という言葉がある。
    三十一、
    帰る時は前もって使者を出すこと。
  • 突然の帰館では留守の衆の不行儀が目につき叱責ということになる。細かい事まで糾問していては際限がない。
  • 『論語』にいう、教育しておかずに法に背いたと処罰するのは、残虐である。
    三十二、
    主君からいかなる、つれない遇されかたをされても不平不満をもたぬこと。主君が主君らしくなくとも臣下として勤めること。
  • またいう、鹿をおう者山を見ず。またいう、下の者が長上の者の意をやたらにさぐらないこと。
    三十三、
    召使う者の小さな過失は叱責しなければならない。
  • 大きた罪を犯した者はその体を破滅にみちびく。大公はいう、双葉のうちに悪はつみとらなければ、そのうち斧を用いなげればならない。
  • ただし小さな罪に対し度々罰すればかえって畏縮するおそれがあろう。『呂氏春秋』にいう、命令が厳しくなげれば聴かないし、そこに禁ずることが多げればすなわち実行しなく恋る。
    三十四、
    褒美のこと、大細によらず則ち感ずべきこと。『三略』にいう、論功行賞はすみやかに機を失わずすること。
    三十五、
    自国、他国の動静、政治の善し悪しにつきくわしく確認しておく。『書経』にいう、古人の教えを手本にしないと永続したい。
    三十六、
    百姓には定めた役務のほかは、むやみにそれを上まわって課してはならない。
    ・『軍識』にいう、統治者が残虐な政治をすれば人女の生活は破滅し、搾取を重くすれば、犯罪が際隈もなくおこり、人々は道義を破り荒れる。
    三十七、
    他家の人に対して、家中の悪事を決して語ってはいけない。
    ・いう、よい行いは、なかなか世間に伝わりにくい。『碧巖』にいう、家醜を外に向いて揚ぐることなかれ、と。
    三十八、
    人を召使う様、その適性によって用所を考え命ずべきこと。古語にいう、良匠は材を捨てず、上将は士をすてず。
    三十九、
    武具は怠りなく用意しておくこと、『老子』にいう、九階ほどもあるようた高い展望台も、積み重ねた、すこしの土台から築かれる。
    四十、
    出陣の際は、一日も大将の後に残ってはいけないこと。『論語』にいう戦場で退却の鐘に心痛め、進軍の太鼓に勇む。
    四十一、
    馬に精を入れるべきこと。『論語』にいう、犬は守禦をもってし、馬は労に代わるを以てす。よく人に養われるものなり。
    四十二、
    敵味方打ち向う時、未だ備えを定めないうちに撃つべきこと。
  • 語にいう、よく敵に勝つ者は、敵の形の定まらないうちに勝つ。またいう、まっしぐらに進撃する家風で躊躇しない。
    四十三、
    軍の時、敵を遠くまで深追いしないこと。『司馬法』にいう、逃げる敵を追うあまり、隊列をくずし、人馬の力を空費しない。
    四十四、
    勝軍に至っては、踏み止まらず一気にかかって圧倒せよ。
  • 但し敵が陣容をたて直すときは、留意すること。『三略』にいう、戦は風の発するが如く攻勢は迅速に一気にせよ。
    四十五、
    軍が近づく陣は兵を荒く扱うべし。その訳は、兵の怒りが戦いにつながり、激しく懸命に戦うものだ。
  • 『司馬法』にいう、威力なく柔かならば水のように弱く、人はこれをもてあそび、威力あり剛なれば火の熱するようで、人は恐れてこれをみる。
    四十六、
    敵勢の強力さを人前で語らないこと。『三略』にいう、敵の素晴らしさを人に語らせることを許さないこと。
    四十七、
    諸卒は敵方に対し、悪口を言ってはいけない。『論語』にいう、蜂を怒らせれば、竜のような勢いで猛り狂い襲いかかってくる。
    四十八、
    たとえ心安い親類、被官といえども柔弱の姿勢を見せるべきでない。『三略』にいう、勇猛さを失っていると、配下の役人も兵士を畏敬しなくなる。
    四十九、
    あまり進退に過ぎる行為に走らず、挙動の面で慎しむこと。『論語』にいう、本筋からはずれた事を多く望み好むと結局得られない。
    ・またいう、過ぎたるはなお及ばざるが如し。
    五十、
    敵陣において不意を撃つときは、正面の道路をさけて別の間道から攻めること。
    ・『論語』にいう、昼は桟道を修理して、そこを渡ると思わせ、夜になると別の暗道を渡る。
    五十一、
    大方のことは、人に尋ねられても知らないふりをするのが無難というものか。
    ・『論語』にいう、たとえよい事であっても、あれば煩わしいからむしろ何もないのが平穏でよい。
    五十二、
    家来が勝手に離反して他者に仕えても、反省したなら、事情に応じて許し再び家来とすること。
  • 『論語』にいう、決意あらたに進む者にはその意気をかい、過去をとがめない。
    五十三、
    父は道理をさとらないから処罰しても、父親の処罰と別に、子が忠功に秀でていれば子供には怒りの念を抱かないこと。
    ・ 『論語』にいう、まだら毛の牛の子でも、赤毛で角の形がよければ、祭のいけにえに用いまいとしても、山川の神女が捨てておかない。
    五十四、
    軍勢を扱う場合、和敵・破敵・随敵の分別肝要のこと。『三略』にいう、敵によって戦略を変える。
    五十五、
    毎事争うことは、敢えてしてはいけない。『論語』にいう、君子は人と得失を争い、勝負を競うことを決してしないが、もしするとすれば、まず弓の競射であろうか。
    五十六、
    善悪をよく正すべきこと。『三略』にいう、善を廃すれば則ち衆善衰う。
  • 一悪を賞すれば則ち衆悪帰すで、どんな小さな善行でもゆるがせにしないこと。
    五十七、
    食物到来の時は、眼前に仕える諸兵に少しずつ配分すべきこと。
    ・『三略』にいう、昔良将は、兵を用いるのに、濁酒を贈る者があると、曲水の宴のように、諸兵と同じように飲んで心を一つにした。
    五十八、
    常に功を作ることなくて、立身は為しがたいこと。千里の行も一歩より始まる、という言葉がある。
    五十九、
    貴人に対しては、たとえ自分に一理あっても忍耐すること。
    ・『老子』にいう、口数が多いと無用なことを言ったり、言いそこないをしたりするから、窮地におちいる結果になる場合が多い。
    六十、
    過を争ってはいげない。それ以後の嗜み肝要のこと。『論語』にいう、過ちを犯したら、それを潔く改めるべきだ。過ちを犯してそれを改めないのが、ほんとうの過ちというものだ。
    六十一、
    深く思い立つことがあっても、そうせざるを得ない意見は受け入れること。論語にいう、約束して言った信が、道理にあっている場合は、言った通り実践してよい。
    六十二、
    貴賎ともに老者を慢(あなど)ってはいけない。古語にいう、老を敬すは父母の如くす。
    六十三、
    出動の時は食物を夜中に服し、陣屋からただいま敵に合う様に出立し、帰り着くまで、少しも油断してはいけない。
  • 云く、無為を城とたし油断を敵となす、という言葉がある。
    六十四、
    行儀の悪い人に近づかないこと。

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