素堂 『十日菊』
貞享五年菊月中旬
蓮池の主翁、又菊を愛す。
きのうふは盧山の宴を開き、
けふは其の酒の余りをすゝめて、
獨吟のたはぶれとなす。猶おもふ、
明年誰かすこやかならん事を。
十日菊
いざよひのいづれか今朝に残る菊 芭蕉
残菊はまことのきくの覚哉 路通
咲事もさのみいそがじ宿の菊 越人
きのふより朝露ふかし菊畑 友吾
かくれ家やよめなの中に残る菊 嵐雪
此客を十日の菊の亭主有 其角
もぎのこす茄子はいづら菊の園 嵐蘭
さか折のにゐばりの菊とうたはゞや 素堂
又中ころ
恋になぐさむ老のはかなさ
むかしせし思ひをさよの枕にて
我此このこゝろをつねにあはれぶ、
今猶おもひいづるまゝに
はなれじと昨日の菊を枕かな 素堂
十三夜
ばせをの菴に、月をもてあそびて、たゞ月をいふ。
越のひとあり、つくしの僧有、
まことに浮艸のうき草にあへるごとし、
あるじも浮雲流水の身として、
石山の蛍にさまよひ、さらしなの月に嘯きて菴に帰る。
いまだいくかもあらず。
菊に月にもよほされて、吟身いそがしいかな。
花月も此為に暇あらじ。
おもふに今宵を賞する事、みつればあふるゝ悔あればなり。
中華の詩人、わすれたるに似たり。
ましてくだら・しらぎにしらず。
我国の風月にとめるなるべし。
もろこしの不二あらばけふの月見せよ 素堂
かげふた夜たらねほどてる月見哉 杉風
後の月たとへば宇治の巻ならん 越人
後の月名にも我名は似ざりけり 路通
我身には木魚に似たる月見哉 宗波
木曾の痩もまだなをらぬに後の月 芭蕉
仲秋の月はさらしなの里、
姥捨山になぐさめかねて、
猶あはれさのめにもはなれずながら、
長月十三夜になりぬ。
今宵は宇多のみかどのはじめて、
みことのりをもし、
世に名月と見はやし、
後の月あるは二夜の月などと云ふめる。
是才士・文人の風雅をくはうるなるべし。
間人のもてあそぶべきものといひ、
且は山野のたび寐もわすれがたうて、
人々をまねき、瓢を扣き峯のさゝぐりを白鴉と誇る。
隣の家の素翁丈山老人の
一輪いまだ満たず二分虧（かけ）り
といふ唐哥は、此夜折にふれたりと、
たづさへ来れるを壁のうへにかゞけて、
草の庵のもてなしとす。
狂客何某がしらゝ・吹上とかたり出ければ、
月も一きははえあるやうにて、
中々ゆかしきあそびなりけらし。