延宝 四年(1676)☆素堂35才 芭蕉、33才
春 天満宮奉納二百韻、(信章、桃青両吟集 六年刊)
梅の風の巻
梅の風俳諧国に盛なり 信章
こちとうずれも此時の春 桃青(芭蕉)
世の中よ大名あれば町人あり 信章
柳は緑かけは取りがち 桃青
此梅の巻
此梅に牛も初音とつべし 桃青
ましてや蛙人間の作 信章
芭蕉発句
天秤や京江戸かけて千代の春 「当世男」
此梅に牛も初音と鳴きつべし 「奉納両吟」
武蔵野や一寸ほどな鹿の声 「当世男」
山のすがた蚤が茶臼の覆かな
雲を根に冨士は杉形の茂りかな 「続連珠」
命なりわづかの笠の下
百里来たりほどは雲井の下涼み
詠(なが)むるや江戸にはまれな山の月
富士の風や扇にのせて江戸土産
夏の月御油より出て赤坂や
一百里きたりほどは雲丼の
けふの今宵寝る時もなき月見哉 「続連珠」
*延宝 四年(一六七六)『俳文学大辞典』角川書店
春、芭蕉ら、『江戸両吟集』を著し、宗因流新風に傾倒する。
一二月、梅盛『類船集』刊。冬、宗因、伊勢へ下向。
弘氏、伊勢談林の中心となる。
書『あまあがり』『大坂歳旦』『岳西惟中吟西山梅翁判十百韻』
『温故目録』『季吟廿会集』『草枕(旨恕編)』
『古今誹諧師手鑑』『言之羽織』『宗因五百句』『宗因三百韵』『練達珠』『談林三百韻』『天満千句』『到来集』
『誹諧当世男』『半入独吟集』『柾木葛』『武蔵野(重頼編)』『渡奉公』(『伊勢俳諧長帳』)
○惟中、秋、上洛か。
○宗因、一〇月二三日に伊勢山田の荒木田氏富に招かれる。
一二月二日、松坂を発って 帰坂。
○重頼、伊丹へ赴く。
*延宝四年(一六七六)(この項『俳文学大辞典』角川書店)
**素堂(三十五才)春、桃青と両吟二百韻興行。『江戸両吟集』と題し三月刊行。
**曾良(二十八才)このころ宗困流俳諧に心酔、間もなく江戸に下るか。
**嵐雪(二十三才)六月二十一日主君新庄民部直矩急死(徳川実紀・寛政重修諸家譜)により浪人したか。後、土方河内守に仕える(江戸廿四条)。
**許六(二十一才)十二月藩主井伊直澄に召し出される。
(侍中由緒帳)
**鬼貫、宗因に師事。
**松意『談林三百韻』、『宗因五百句』。
**宗因『天満千句』、『惟中吟、梅翁判十百韻』刊)6
**其角(十六才)このころ書を佐々木玄龍に、画を英一蝶に学ぶ。