おいしい水とまずい水(『水を訪れる』山口嘉之氏著より)
雨が地上を流れて集まり河川となるように、高い山に降った雨や雪が地下に浸み込んだ水が流れるのが地下水である。地下水は斜面に沿って流れる浅い流れ、すなわち浅層地下水と、地下深くまで浸み込んで流れる深層地下水がある。深層地下水の中には、サハラ砂漠やゴビ砂漠の地下水のように、地下の一定の場所に蓄えられているものもある。
地下水開発は表流水開発に比べていくつかの特徴がある。
アフリカのサハラ砂漠やテキサス州カリゾ砂岩の地下水の年齢は二万~三万年で、その流速は年間1~2メートルときわめて遅い。これに比べて日本の関東地方の被圧地下水の年齢は数十年ないし数百年と推定されている。日本の沖積低地の地下水の流速は一日1メートル前後、武蔵野台地では一日3~5メートルである。富士山麓の三島溶岩中の地下水は一日300~500メートル流れるともいわれているが、それでも河川水の流速毎秒〇、1メートルに比べるとはるかに小さい。
一般に地下水は深層ほど流れる速度が遅く、大部分は涜層部を流れて河川や海に流れ込む。地下水は河川水に比ペて速度が遅い。地下水を汲み上げると、まず地下水位が下がり、地下水の流れによって補給されると地下水位は回復し、汲み上げる量と補給される量とがバラソスすると、地下水位は一定の水位を保っている。多量に汲み上げると汲み上げる速度に補給される地下水の速度が追い付かず、地下水位はどんどん低下する。
地下水の流速は、地質構造や砂礫の大きさなどと深く関係しており、地質によっては、汲み上げ量を制限する必要があり、また多量の汲み上げは地盤沈下につながる可能性がある。地質の専門家に開くと、日本で大規模に地下水を汲み上げているところは、沖積平野や洪積平野など砂礫が細かいところであるのに対して、ヨーロッパは地質的に古いのみならず、礫も大きいので、もちろん過剰な汲み上げをすれは地盤沈下も起こるかもしれないが、日本よりは危険は少ないとのことである。
地下水は地層を通って地下に蓄えられるとおいしくなるが、長ければよいというわけではない。
その証拠には同じ地下水でも深井戸の水(被圧水)より浅井戸の水(自由水)のほうが一般に新鮮で味が良い。浅井戸の水は流れが速く、比較的新しい水------といっても数年から数十年前の水であるが------であるのに対し、深井戸の水は長年滞留した水だから、その問にナトリウム、カリウム、石灰、マグネシウム、硫酸、鉄、重炭酸、ケイ酸などのミネラルが溶けすぎたり、炭酸ガスや酸素が失われたりするので味に新鮮味がなくなる。
水の味には個人差があり、一概に言えないが、カルシウムとマグネシウムの合計量である硬度の高いアルカリ性の水は味が悪いとされている。わが国の水の硬度は1リットル中10~80ミリグラムであるのに対して、ヨーロッパの水は通常二200~400ミリグラムもあり非常に高い。とくにマグネシウムが多過ぎると苦味を増す。
わが国の深層地下水は滞留時間がせいぜい数十年程度でまだ十分おいしいのに対し、ヨーロッパの地下水が何百年も滞留してすこぶるまずい水になるのはこのためである。極端なのは、砂漠や乾燥地帯の水である。このような水はただ飲めるというだけで昧は最低である。ミネラルの多い水は、ちょうど温泉の水を飲んでいるようなものである。
(中略)アメリカやイギリスや東ヨーロッパ諸国では飲めるが、西ヨーロッパや東アジア大陸ではカルシウム分である石灰を含んでいたり、浄水処理が不完全だったりして、飲めない場合が多い。中近東や東南アジアの族では、たとえは航空機内で出されるジュースや水割りの氷が意外と危険で、この解けた水を飲むと猛烈な下痢をする。日本のように冷たい水をおいしく飲める国は何処かはわからないが、少なくともアメリカはそうであろう。「生水を飲むのは日本人とアメリカ人とカエルだけ」というのを何かの本で読んだ覚えがある。
たしか昭和三〇年代のことだったと思うが、銀座のバーで、あるバーテンダーが客に「ウィスキーのオン・ザ・ロックをくれ」と注文され、どんなものかわからなかった彼は、カクテル・ブックを広げたり、先輩や師匠にも聞いてまわったが、とうとうわからなかったという。結局頭を下げて教えを乞うと、オールドファッショソド・グラスに氷を数個入れ、ウイスキーを入れればよいということだった。これがわが国のオソ・ザ・ロックの初登場といわれ、注文した客はアメリカでのキャソプ帰りの巨人軍の水原茂監督だったという。